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徳島地方裁判所 昭和55年(ワ)72号 判決

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 飛田正雄

右復代理人弁護士 西尾文秀

被告 乙山春夫

右訴訟代理人弁護士 川真田正憲

同 林伸豪

同 枝川哲

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「(一)被告は原告に対し金四三〇万円及びこれに対する昭和五六年三月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。(二)訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決並びに(一)につき仮執行の宣言を求め、その請求原因として

一  徳島県《番地中略》一三七番の山林は甲野松太郎の所有であって、同人はこれを明治三〇年以前に同所一三七番一と同番二とに分筆した。そしてその後間もなく、右一三七番二の山林は被告の先々代乙山竹太郎に譲渡され、昭和二三年五月には被告の先代乙山梅夫が家督相続により、さらに昭和四七年からは相続により被告がその所有権を取得し現在に至っている。

一方右一三七番一の山林は右松太郎に代って原告の先々代がこれを管理し、同人の死後は原告の先代が、その死後は原告が順次管理を続けて現在に至っている。而して右一三七番一の山林は登記簿上は現在も右松太郎の所有名義になっているが、同人は第二次大戦前に死亡し、相続人もなく、税金は全て原告名義で支払われており、原告が実質的な所有者である。

二  別紙物件目録記載の山林(以下本件山林という)は右一三七番一の山林の一部である。

三  原告方は江戸時代初期から部落の五人組頭(庄屋のようなもの)として代々現住所に居住してきており、原告もA部落会長の要職を勤めるなどして地方の名望家であり、現在は同所で養豚業並びに山林業を営んでいるものである。

四  原告が、昭和四九年一月四日、五日の両日、本件山林に生育する松一〇本及び杉一四本を売却目的で伐採し搬出しようとしていたところ、被告は突然同日付の書面で「右山林は自分の所有する前記一三七番二に含まれるから、右伐採・搬出を中止せよ」と警告して来た。これに対し原告は同月一一日付の書面で被告に対し「右山林は自分の所有する前記一三七番一に含まれている旨」を回答した。

五(一)  すると被告は、同月二四日、同人を債権者、原告を債務者とし本件山林及び右伐採木の所有権を被保全権利として徳島地方裁判所に対し本件山林立入禁止・立木伐採搬出禁止仮処分の申立をなし(同庁昭和四九年(ヨ)第一二号事件)、同裁判所は、同月二五日、右趣旨の仮処分決定をなし、被告はこれによる仮処分の執行をした。

(二)  続いて、同年二月一二日、被告は原告を相手方として同裁判所に対し本件山林が自己のものである旨の所有権確認等請求事件を提起し(同庁昭和四九年(ワ)第三四号事件)一審において勝訴したが、昭和五三年一二月二〇日、高松高等裁判所において被告敗訴の判決があり(同庁昭和五二年(ネ)第九二号事件)、同判決は確定した。

六  原告が本件山林より既に伐採して市場へ搬出するため自宅前に積み重ねていた材木は右仮処分の執行により動かすことができず、そのまま放置されていたため、その後二、三年で腐朽し、商品価値がなくなった。

原告のこの財産的損害は金三〇万円である。

七  被告は又原告の本件山林での伐採を森林窃盗の罪に当たるとして、昭和四九年一月二四日、徳島県川島警察署に告訴したため、原告は同警察署及び徳島検察庁に出頭を命ぜられ、取調べを受けた。そして右森林窃盗被疑事件は不起訴処分になった。

八  これら被告の行為によって部落の人々が原告の自宅前に積み重ねられた右材木を指して「あれは被告方から盗んだ木だ」と言って原告を白眼視するに至り右材木が昭和五三年頃原告宅前の道路工事によって埋められるまでの長年月にわたり、原告のいわれなき汚辱の象徴として残留し、これによって原告一家が古くから同地に営々と築き上げてきた名声は崩れ、原告は名誉を毀損された。

原告のこれによる精神的損害は金四〇〇万円が相当である。

九  よって原告は被告に対し前記損害金四三〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日たる昭和五六年三月一六日から完済に至るまで民法所定率年五分の割合による損害金の支払いを求めるため本訴に及んだと述べ(た。)《証拠関係省略》

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求の原因に対する答弁として、

一  請求原因一項の事実は本件山林が原告の実質的所有に属し、原告においてこれを管理している点を否認し、その余の事実は認める。

二  同二項の事実は認める。

三  同三項の事実は不知、但し原告が養豚業を営んでいる点は認める。

四  同四項及び同五項の事実は認める。

五  同六項の事実中損害額は否認、その余の事実は不知。

六  同七項の事実中告訴の点は認め、その余の事実は不知。

七  同八項の事実は争うと述べ、主張として、

一 本件仮処分の執行については次のような諸事情があり、被告に過失はなかったものである。

(一)  被告はその所有に属する一三七番二の山林と本件山林とを合わせた山林が父乙山梅夫の所有に属することを、二四歳の頃、右乙山梅夫より現場で指示されていた。

(二)  被告の先々代乙山竹太郎をはじめ、一三七番二の山林と本件山林をとりまく近隣の山林所有者は、大正の初め頃、各人の所有する山林の範囲を確認し合い、それ以来近隣の部落民間では本件山林と一三七番二の山林全体が被告の所有に属することを確認し合っており、今日まで右山林所有者間で境界争いが生じたことがない。

(三)  被告は本件仮処分申請に当たり、念のため、一三七番二の山林と本件山林に隣接して土地を所有する丙川一夫、丙川二夫及び丙川三夫に山林の境界を確認してもらったところ、いずれも右各山林の全体が被告の所有に属することを認めていた。

(四)  被告は、その先々代のころから、戊田夏夫及び戊田秋夫に右各山林の管理を任せ、現実的支配をしてきたものである。もっとも下草刈りは本件山林及び一三七番二の土地の一部について行われていなかったが、これはその部分の傾斜が比較的急であったためである。

(五)  本件山林は比較的傾斜が急であり、且つ岩場の多い場所であり、一三七番二の土地は一部を除いて本件山林ほどの傾斜がない。しかしながら、右両山林の樹相はともに杉、松、檜であって一致しており、またその樹令も数十年から一〇〇年ぐらいであって、互いに類似しており、そのため一見しただけではその境界が判然としない状態である。

(六)  原告は本件山林を実際には管理・支配しておらず、せいぜい木に巻きついたつるをはずすか、五年か一〇年に一度下の方の枝を刈る程度であって、本件仮処分当時、本件山林につき原告の管理・支配を徴表する事実はまったく存在しなかった。

(七)  被告は、昭和四九年一月五日正午前、丙川三夫よりの連絡により、原告が本件山林を伐採し、伐木を搬出しようとしていることを知ったため、直ちに原告に対し伐採、搬出を中止されたいとの内容証明郵便を送付したが、原告よりこれを拒否する旨の文書の送付を受けた。そのため被告はどこまで伐採されるかも知れず、また本案訴訟を待っていては損害の回復は困難と考え、やむなく本件仮処分の申請をしたものである。

(八)  以上のように、本件山林については原告の明確な支配も、その徴表たる事実もなく、近隣の者も本件山林が被告の所有地であると信じ、被告においてもその先代より示されていたところを真実のものと信じて疑わなかったところへ、原告による本件山林の伐採、搬出というきわめて切迫した事態が生じたものであって、右事実に基づく被告の本件仮処分執行には過失がない。

二 本件告訴についても、前掲諸事情によって、被告は原告が被告所有の山林を不法に伐採していると信じて原告主張の告訴に及んだものであるから、被告にはなんら過失は存しない。なお原告が昭和四五年ごろ本件山林から五〇〇メートルぐらい離れた場所で被告所有の山林を伐採し、被告がこれに対し厳しく抗議した事実が存する、と述べ(た)。《証拠関係省略》

理由

一  徳島県《番地中略》一三七番一の山林と右同町一三七番二の山林がもと右同所一三七番の山林から分筆された隣接地であり、右一三七番二の山林は被告の所有に属するものであること、本件山林はもと右一三七番の山林の一部であるが、原告が、昭和四九年一月四日、本件山林に生育する松一〇本及び杉一四本を伐採し、搬出しようとしたところ、被告が、同月二四日、本件山林は被告所有の右一三七番二の山林の一部であり、それ故右伐採木は被告の所有に属すると主張し、右各所有権を被保全権利として徳島地方裁判所に対し原告を債務者とする本件山林立入禁止・立木伐採搬出禁止仮処分の申立をなし(同庁昭和四九年(ヨ)第一二号事件)、同裁判所は、同月二五日、右趣旨の仮処分決定をなし、そのころ被告はこれによる仮処分の執行をしたこと、同年二月一二日、被告は原告を相手方として同裁判所に対し本件山林が自己のものであると主張してその所有権確認等を求める本案訴訟を提起し(同庁昭和四九年(ワ)第三四号事件)、第一審において勝訴したが、昭和五三年一二月二〇日、高松高等裁判所において原判決取消、被告の請求を棄却する旨の判決が言渡され(同庁昭和五二年(ネ)第九二号事件)、同判決が確定したこと並びに被告は原告の本件山林における前掲伐採搬出は森林窃盗の罪に当たるとして、昭和四九年一月二四日、原告を徳島県川島警察署に告訴をなし、これについて原告は不起訴処分に付されたことはいずれも当事者間に争いがない。

二  そこでまず本件仮処分執行による損害賠償の請求につき検討を加える。

《証拠省略》によると、前掲第一審訴訟において、被告(第一審訴訟原告)は、被告の先代乙山梅夫が本件山林を二〇年間所有の意思をもって平穏公然に占有したことによりおそくとも昭和四三年五月八日にその所有権を時効取得し、被告はその後相続により右所有権を承継取得したことを理由に、勝訴したが、右判決は控訴審において本件山林を右乙山梅夫(さらにまた被告)が占有した事実はなく、また本件山林の土地の傾斜の度合い並びに一三七番一の山林と一三七番二の山林の公簿面積に対する実測面積の比較衡量の結果等によると、本件山林は被告所有の一三七番二の山林にではなく、亡甲野松太郎が所有していた一三七番一の山林に属することを理由として取消され、本件山林につき被告の所有権の確認を求める請求が棄却されたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

そこで本件仮処分の執行に過失がなかった旨の被告主張事実につき按じるに、まず被告の先々代乙山竹太郎をはじめ、一三七番二の山林と本件山林をとりまく近隣の山林所有者は、大正の初め頃、各人の所有する山林の範囲を確認し合い、それ以来近隣の部落民間では本件山林と一三七番二の山林の全体が被告の所有に属することを確認し合っており、今日まで近隣の山林所有者の間で境界についての紛争が生じたことはない旨の被告主張(二)の事実については、《証拠省略》によってこれを認めることができ、右認定に反する証拠はない。もっとも《証拠省略》によると右の《証拠省略》は丙川三夫と丙川一夫の前回訴訟における各証人調書であって、右(二)の事実に沿う同人らの各証言は右控訴審裁判所の措信するところでなかったことが認められる。しかし《証拠省略》によると、被告はその父や近隣の者から本件山林が自己のものであると聞かされていたものであるところ、昭和四六年八月二五日に本件山林にほど近い前同所一三七番三の山林の一部をB町に対し売却し、同町においてその後同所に簡易水道の施設を作成したが、右施設によるB町の簡易水道が完成した後に至って原告が部落民に対し本件山林付近に自分の山林があると言い始めたのが本件山林の境界に関する紛争の嚆矢であり部落民である丙川三夫が被告に対し原告が本件山林において樹木を伐採していることの通報に及んだことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして右認定事実との関連において前掲(二)の証拠を検討すると、これは、本件山林の所有権の帰属の徴表事実としての価値の点はともかく、本件紛争の直前に至るまで長く本件山林の境界については争いがなく、且つ被告を含めて近隣の部落民も右の法的安定が単なる事実上のものにはとどまらず、当事者主体の点を措くとしても、部落民の談合を根拠とするとの意識を有したことを認めしめるものとしては一概にその証拠価値を否定し去ることはできないと言わざるを得ない。而して又右認定事実によると本件山林の境界について原告が紛議を呈したのは本件紛争直前の僅か一、二年であり、しかも右境界についての原告の意見の表明が境界区域の東側半分を接する被告に対して直接なされたことはなく、被告に対する右の意思表示は本件山林内での突然の樹木の伐採という急迫性を伴ったものであったことが明らかである。

また《証拠省略》によると、被告は本件仮処分申請に当たりあらかじめ一三七番二の山林と本件山林に隣接して山林を所有する丙川一夫、丙川三夫及び丙川二夫らに対し本件山林の境界についての意見を徴し、これが自己の所有であるとの見解を得たこと、本件山林と一三七番二の山林とは土地の傾斜を異にするが、右両山林とも樹相は杉、松、檜等であって一致しており、その樹令も互いに類似していて、外見上これをもって両者を区別することができないものであるが右各山林とその外側の山林の樹相、樹令には若干の相違が存すること、原告は本件山林について数年乃至一〇年に一度枝打ちをするにとどまり、本件仮処分申請当時本件山林につき原告の管理・支配を示すものがなにも存しなかったこと、原告は本件伐採の四年前にも、本件山林より約五〇〇メートル離れた箇所にある被告所有の山林に無断で切り込み、被告の抗議を受けたことがあることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右各事実並びに(一)控訴審判決が第一審判決取消の根拠とした土地の傾斜の度合いが異なる点は、一筆の山林を分筆するに当たり傾斜の異なるのに従うのを合理的とする事情は何も立証がなく、又そのような経験則が存するわけでもなく、さらに(二)右取消の他の根拠とした公簿面積に対する実測面積の比較対照の点も、一三七番一及び一三七番二の実測面積に公簿面積からの如何なる規模におけるへだたりが存するかは、《証拠省略》によると、前回訴訟の提起後鑑定人の鑑定をまって初めて原被告に明らかになった事実であって、それまで原被告間において右の面積の広狭が意識されていた事情がないこと、(三)《証拠省略》によると、右控訴審判決は事実認定を総括して「分筆前の一三七番の山林を所有していた甲野松太郎は事業に失敗し、甲野杉太郎がその財産の整理にあたり、右山林のうち比較的勾配の緩やかで樹木の生育に適した東側の土地を一三七番二の山林として一三七番の山林から分筆したうえ乙山竹太郎に譲渡し、本件山林を含む残余の山林は一三七番一の山林として松太郎の所有に残し」た旨述べているが、かかる認定の根拠として掲げられたものは、ひっきょう、前述した土地の傾斜の度合いと面積の比較にとどまり、補充的に掲げられた原告の前回第一審及び控訴審における本人尋問の結果と言えども、本件訴訟における原告本人尋問の結果並びに右控訴審判決に徴すると、右総括認定に対してしかく明目すべき事実を提供し得たものとはとうてい解し得られないものであって、以上の諸点を考慮すれば、被告が本件山林は長く自己の所有する一三七番二の山林の一部であり、原告がこれに対し急迫な侵害をなすものと考えたことはまことに無理からぬものがあったと言わなければならず、またこの判断を覆すに足る事実も提示されていない。

それ故被告の提起した本件山林の所有権確認を求める前掲本案訴訟はその敗訴となって確定したものではあるが、尚被告は右所有権を被保全権利とし、且つこれに対する原告による危急の侵害のおそれがあることを保全の必要性として本件仮処分の執行に及んだについてはその過失の推定を覆えすに足る特段の事情があったものと解すべく、これをもって原告の権利に対する違法な侵害とは解し難い。

三  次に本件森林窃盗の告訴による損害賠償の請求につき按じるに、まず、被告が右森林窃盗につき誣告の主観的認識を有したことは何も立証がない。又原告が右告訴事件の結果不起訴処分に付されたことは、その一事によって被告の過失を推定せしめるものではないと解すべきところ、被告に右の過失が存したこともその立証がない。

四  そうすると、原告の本訴各請求はいずれも失当であるからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 橋本喜一)

〈以下省略〉

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